2008/07/11 (Fri) 20:58
『図書館戦争』感想と言葉狩りと総括と

 以前どこかの本で読んだのだが、こんな言葉があるらしい。「検閲制度の一番よくない点は、検閲を通らなかった本が自動的に優れたものとされてしまうことだ」


 で、『図書館戦争』に関して考えたことの自分なりの総括であります。以前書いたことの繰り返しになるかも知れませんが、それは「まとめ」ということでご容赦ください。

 最近読んだある雑誌の話から。別件の調べ物をしていて、偶然読んだのだが、今回の件について考えるのにちょうどよいと思えたので。
 ホロコースト捏造説を載せたせいで廃刊になってしまった「マルコポーロ」という雑誌がある。その1994年12月号の特集は「『言葉狩り』徹底追究。」当時世を賑わせていた筒井康隆氏の「断筆宣言」と、それを受けて盛り上がった「言葉狩り」についての特集である。
 まず筒井氏のインタビューが載っていて、タイトルは「これからの敵は、君たちマスコミだ」。
 次の記事では、「具が大きい」「手作り」「富山の薬売り」などとCMで些末な部分をあげつらわれた例がいくつも取り上げられている。まったく下らないものばかりだ、と笑い飛ばすのは簡単だが、ちょっと待って欲しい。すべての「糾弾」がそうだとは言い切れませんよね。これは「差別」と判断するのが妥当だと思った事例も併せて考慮しないと、単なる事態の矮小化、戯画化にならないだろうか。
 この問題に20年間取り組んでいたというライターの記事が載っていて、いろいろと提言をしている。「『差別表現』対『表現の自由』という”二項対立”の考え方をやめる」「密室的処理をやめ、論議を公開する」「『不適切な表現がありました』式の曖昧な『おわび』はやめる」などと、耳を傾けるべきものも多いのだが、その記事の見出しをみると「指が四本で差別コミック。」キャッチーな見出しを付けたがるのは理解出来るが。見出しの件は『覚悟のススメ』で「指四本」のコマを自主規制で描き変えられてしまったという話。事前に解放同盟に「この表現でよいか」と相談し、問題なしとしたにも関わらず、である。この件で結局解放同盟はいい面の皮である。
 この問題はそもそも、糾弾、非難に対してろくな論議も主張もせずに「自主規制」しまうメディアの姿勢を問うていたはずなのに、いつの間にやら糾弾する側が「煩いやつらなんだから相手にしない」「偏った信念や『利権』を擁護するためにケチを付けている集団」という「色眼鏡」でみられるようになってしまった。
 そして、批判されるべき悪感情を「差別用語」混じりにあけすけにぶちまけるのが「正義」という解釈をする手合いも少なからず、現れるようになった。
 これは大変、不幸なことだ。
 作者のファンサイトでは、トップページで人権擁護法案についてのまとめサイトが紹介されている。
 そのまとめサイト、リンク集で取り上げられているサイトには、特定勢力に対する敵対心や陰謀論めいた言辞を弄するところが少なからず混ざっている。わたし自身正直な話として、「人権擁護法案に反対することは、そういったものに賛同していると同一視されてしまうのか……」という思いもある(リンクをたどれるところにあるから当該言説に賛同していると受け取っていい、というのは意地悪に過ぎるだろうか?)。
 もちろん、対立する思想の持ち主が当座の目的のために「共闘」することはあっていい。
 暴対法が国会で審議されていたとき、「極道の妻たち」と左翼系の市民団体が一緒に反対デモを行っていた。その光景に「いくら主張が同じでも、一緒にデモというのはやりすぎ」と書いたコラムニストがいた。わたしもそう思う。
 まあ、それはともかく。

 振り返ってみれば、このシリーズで表だって書かれている事件はどれも「政治的」なものではない。『図書館革命』の原発テロがそうかもしれない、とは思うが、小説(エンターテインメント)中の描写が事件を連想させる、という「非政治的」なものだ。
 主人公の笠原郁が図書隊を志望するきっかけになった事件も、好きだった絵本が作中に「こじき」という言葉を使ったという件で「良化」の対象になった、ということだった。
『図書館戦争』シリーズに登場した「メディア良化委員会」もその意を呈したPTAや「子供の健全な成長を考える会」、その動きを黙認している警察にしろ、「政治的」なものは感じられない。
(作者は良化委員会と図書館の関係は「中央対地方」の意味も込めていると語っているが、警察というのは上層の「キャリア組」こそ国家公務員だがあくまで地方分権の組織で、対して図書隊に肩入れしている自衛隊は国家の組織。この「ねじれ」はちょっと面白い)
 作者にしてみれば、「あえて書かなかった」というだろうが。

 繰り返しになるが「快楽原則」を擁護することは正当だ、と考えるし、それを入れて「言論の自由」だ、という意見にも賛同する。
『図書館戦争』シリーズは「願望充足」と「快楽原則」が支配するエンターテインメントである。そうだからといって、作品を貶める理由にはならない。しかし、それ以上のものを読み取るのはちょっと違う。
 たとえば『北斗の拳』とか『必殺仕事人』みたいに、悪人は容赦なくやっちまえ、みたいな「お話」がありますよね。読んでて痛快だし野暮な突っ込みをつける気も毛頭ないですが、現実の事例とごっちゃにしちゃいけないし、ましてやそれを警察や裁判所が評価するのはおかしいじゃないですか。『図書館戦争』の場合、その距離ははるかに近いとはいえ、同種の違和感があるんです。
 図書館協会のひとは、そういったことを理解すべきだったし、その上で「エンターテインメント」として評価してほしかった。
 アニメ最終話については、論外だろう。「護りたいもの」が「オレたちの楽しみ」でしかないことを、はしなくも露呈させてしまった、というべきか。

 正直言えば、「こんな出会い方はしたくなかったなあ」と思います。わたしとてエンターテインメント小説のすべてにこんなケチを付けているわけではない。
 一気にハードカバーのシリーズを読み進めていろいろ考えていくというのは、最近ではなかなかない読書体験だった。原作者の有川浩さんには感謝すると同時に、勝手に俎上に挙げてしまって大変申し訳ないと思っております。いや、大変失礼しました。

 それでは、この辺で。

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2008/07/08 (Tue) 02:56
田中芳樹を撃ったあと

 一休みして、ちょっと別の話題を。

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田中 芳樹垣野内 成美

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 新番アニメ『薬師寺涼子の怪奇事件簿』をみていて何だか「懐かしいなあ」と思ってしまった。主人公は何かにつけて、役人や大企業や政治家の嫌みをいうのである。
 原作者の田中芳樹氏はそんな物言いが大好きらしい。とくに『銀英伝』以後の看板シリーズ『創竜伝』では甚だしく、わたしにとってはそれがどうにも鬱陶しくて癇に障り、4巻から先は読んでいない。

 そこで「田中芳樹を撃つ!」というサイトがあったのを思い出した。開設からちょうど10年経つが、まだ健在なようだ
 田中作品にちりばめられた政治、社会問題についての記述の、誤りや政治的な偏向を断じたサイトで、はじめのうちは「我が意を得たり」という感じで毎日巡回していたのだが、そのうちに、ある思想の持ち主がそれにそぐわない田中作品の記述を批判する、という図式がだんだん目立ってきた。
 硬直した「サヨク」的発想に突っ込みを入れることは正しかったが(今でもそう思う)、今にして思えば「解毒剤を処方しすぎて毒になった」ような気がしている。差別者を批判したBlogに「おまえは『差別者』を『差別』している。矛盾していないか」なんて馬鹿な反応がいくつも返ってくる事態になっては(参考:良い子のための日本語教室)。
『創竜伝』にせよ『図書館戦争』にせよ、結局、エンターテインメントという「快楽原則」が支配する世界で「思想」「社会」を語るのは「両刃の剣」。ひとを動かす強力な武器にもなれば誤った解釈に導くこともあるようだ。

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2008/07/06 (Sun) 22:41
『図書館革命』と『別冊図書館戦争1』と

最終巻です、ついでに『別冊図書館戦争』も同時に取り上げます。
(例によって、ネタバレあります)。
図書館革命図書館革命
(2007/11)
有川 浩

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 冒頭原発を標的にしたテロが発生。似たような小説を書いた作家が槍玉に挙がり、良化委員会に追われる身になる。
 かつて三億円事件が大藪春彦の小説の模倣だといわれたことがあったし、黒澤映画『天国と地獄』は、吉展ちゃん事件はじめその後発生した身代金目的誘拐事件の「元ネタ」とされ、未だに誘拐を題材にしたミステリーの「トラウマ」になっている。
 笠原郁ら関東図書隊は作家を匿う。取引を図ろうとする「未来企画」などとの確執。自分たちは正義ではない、と作中人物はいうが、それにしては相手の「正義」は語られない。

 しだいに追いつめられていく。事態打開のため、マスメディアの大同団結を提案。事態の真相を伝える番組を作成し、放送禁止になっても別の局で続きを放送する「パス回し放送」を行う。良化委員会はいつの間に「即時の放送禁止処分」が出来るほどの権力を持ったのか。さしたる抵抗もなく大同団結するのも都合がよすぎる、と突っ込むべきか。
 全マスコミの大同団結というのも、見方を変えれば「両刃の剣」「劇薬」で、例えば60年安保の時、新聞各社は「暴力を排し議会主義を守れ」という「共同声明」を出し「言論の自由の自殺行為」と言われたこともある。

「自分がいつ押しつける側に回るか分からないから恐いんですね、こういうの。あたし思いこみ激しいから、いつ自分が押しつける側に回るか分からないので恐いです」(P92)
 原作の郁はこんな感慨を漏らす。作者はアニメスタッフを非難すべきだ。

 報道規制に対して憲法判断を求めて裁判闘争をするが、最高裁で法律の有効期間に期限はつくも実質敗訴。下級審では違憲判決が出るが最高裁では「高度の統治行為」で判断放棄、だったら面白かったかも(「長沼ナイキ訴訟」で調べてね)。
 柴崎の案で作家を亡命させることにする。紆余曲折あって(読んでね)結局作家の亡命は成功。米英はじめ他国からの非難、圧力で、将来的な良化法の消滅と、同時に図書隊の消滅することも暗示して終わる。
 一気に読めて読了感も満足。ちりばめられた小技も効いている。どうしてこの巻をアニメにしなかったのだ? それとも、今後のOVAに期待を繋いでいるのか?
 ただ、ストーリーの主眼がメディア戦略と法廷闘争、それにアクションになってしまい「図書館」が背後に回ってしまったのがちょっと物足りない。
 テロそのものは事態のきっかけを作るために設定されただけのようで、作中で第2弾が起こるわけでも元締めが捕まるわけでも、犯行グループが当該小説を参考にしたと表明したわけでもない。

 結局、メディア良化委員会が存在する理由は「利権」としか語られない。良化委員会の側にもカリスマ的なアジテーター、あるいは動機において理解出来る存在がいてもいいような気がする。たとえば、『戦争』で出てきた通り魔殺人の被害者遺族が、メディア良化運動の熱烈な支持者になる、というような。
 そう思っていたら、この巻の後書きにはこうある。
 「まず、良化委員会の言い分が書かれていないことを指摘するご意見を今までにいくつか頂きましたが、これは敢えて書いていません。その理由もここでは触れません」

別冊図書館戦争 1 (1)別冊図書館戦争 1 (1)
(2008/04)
有川 浩

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『別冊図書館戦争1』こちらはカーテンコール的な外伝。『2』以降も出るんだろうな。
 正直言って、「ラブコメ」についてはわたしはよい読者ではないと思うし、そんなところまでとやかく言うのは「批判のための批判」になってしまうので(でも「戦争」「軍隊」をそのダシにして屈託がないのはどうなのかな、とは思わないでもない)。
 その1編で差別用語を一切使わずに「差別表現」を繰り返す作家が出てくる。良化法を挑発する意図で、趣味でやっていると公言する。小説そのものは「毒々しくて好きになれない」。
 そういった行為は批判的に描かれているけど、そりゃそうだわな。

 次のエントリで「総括」になります。シリーズ全部を読み通して思ったこと、図書館との関係、「自由」と「快楽原則」との兼ね合いはどうあるべきか、などなどを、またぐだぐだと語ることになると思います。
 ああ、結局週末を潰してしまった……。

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2008/07/05 (Sat) 22:28
『図書館危機』と無邪気さと

 しばらく、ぐだぐたと長文を垂れ流してきたが、自分でも上手く書けているかどうか自信がない。要らぬ反撥を買いそうな気もしないではない。
「メディア規制と戦っている作品に些末なケチを付けて、結果として規制推進派を利してるんじゃないのか?」「『快楽原則』『オレたちの楽しみ』を擁護することは所詮エゴで、日本国憲法に麗々しく謳われている『思想の自由』とは似て非なる物、って言いたいのか?」と、迫られたらどうしよう、と戦々兢々としています(笑)。
 無論、そんなことは言う気はない。繰り返しますが、わたし自身は「快楽原則」「オレたちの楽しみ」を擁護することは全く正しいと考えていますし、それらに優劣をつける気もありません。
 しかし前々から思っていることなんですが、それを「思想の自由」と称することに以前から「違和感」を抱いていた。「戦うためのスローガン」としては有益にせよ、齟齬は出てこないか。
 その「反対」の一部には正直、納得出来ない部分もあって、どうして違和感を感じるか、納得出来ないかをこの機会につきつめて考えてみようじゃないか、というのが、こんなBlogを書いているモチベーションのひとつであります。
 「表現の自由と規制」を巡る問題で、われわれは多かれ少なかれ「傷」を負っている。大変生々しい「傷口」で、未だに血が流れているか、せいぜいかさぶたが張っている程度。その「傷口」に触れることは、激しい「痛み」を伴ってしまう。
 だからといって、傷つけてくるあいつらが悪いんだと傷を舐め合ったって「道化芝居」にしかならない。この傷を癒す方法、新しい傷を付けない方法はあるのか。その課程の中でついつい触ってしまうことはある。それはご理解いただきたい。不用意な触り方をしたら遠慮なくご指摘いただきたい。
「オレだって痛いんだ。でも我慢してるんだよ!」

で、『図書館危機』も読了しました。(ネタバレ有ります)
図書館危機図書館危機
(2007/02)
有川 浩

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 アニメの9話から最終回までのエピソードが収められている。アニメではカットされた3章の「ねじれたコトバ」は、ファンの人気も高いようだ。こういったエピソードをことごとくオミットしなければ、印象もずいぶん変わるのだが。
 5章はアニメのクライマックスでもある茨城図書館を巡る攻防戦。この部分が最大の「問題」でもあるわけだが、基本的に原作と一緒であります。
 市民団体「無抵抗者の会」が強い影響力を持つ茨城県立図書館で、陰湿な嫌がらせに会う郁。自衛隊と「平和団体」のメタファーであることは容易に判明する。
 かつて教師とか労組の関係者とか「革新政党」支持者に、自衛隊員やその家族が「白眼視」されていたとはよく聞く。昭和30年代にあるとっても偉い作家が「防衛大生は同世代の恥辱」と書いたことがありまして。
 アニメの通り、激しいんだか生ぬるいんだかよく分からん戦闘があって、「無抵抗の会」は形を変えた良化法賛同団体だった、という案の定なオチで終わる。でも現実世界のスパイ(内通者)というのは、スパイらしからぬ行動を取るもの。過激な対立方針を煽るリーダーが実はスパイ。跳ね上がり路線が世間の反撥と弾圧を招く、なんてのがあってもいい。実際にそんな例があったのだし。

 マスコミ相手に「無法でたくさん」と叫ぶとか、圧力をかけて偏向報道を辞めさせたなどといったデタラメな場面はない。大体、マスコミ自体ほとんど登場しないし。その点は作者の責任ではないが、疑問を感じないのだろうか。

 シリーズ全体を先取りした感想になるけど。作者にとって登場人物が「可愛すぎる」ような気がするんですよ。だから死ぬことはないし、手を汚させられない。本当の意味で苦難や葛藤を負わせられない。
 作者は自衛隊(軍隊)の「凛々しさ」とか装備とか行動原理とかに「萌えて」いるようだけど、それが何のために要請されているか(無論、戦場で命のやりとりをするためだ)という問題はあえて深く突っ込まないのか、あるいは興味がないようだ。
 この辺、良くも悪くも「無邪気」だなあ、と思った。「無邪気」ってのは本シリーズの、いや、作家有川浩のキーワードかも知れない。図書館(本)、自衛隊、ベタ甘のラブコメ、死にも殺しもしない「戦争」と自らの「正義」を保証する「大義名分」。好きなものだけいっぱい詰め込んだワンダーランド。
 その「もてなしの良さ」は大したものだと思うが、一抹の不安と疑問も感じないでもない。やっぱり「快楽原則」じゃないか、と。わたしも歳を取ったのか。

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2008/07/02 (Wed) 06:33
『図書館内乱』と論争と検閲と

 で、『内乱』の感想(やはりネタバレありです)。

図書館内乱図書館内乱
(2006/09/11)
有川 浩

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 この本ではストーリー展開にちょっと強引な点が目につくようになってきた。
 図書隊が属する「原則派」でも妥協を図る「行政派」でもない「第3の道」を説く手塚慧に同志になるよう迫られても、笠原の「それじゃあ時間がかかっちゃうじゃないですか! 読みたいのは今です!」で強引に終わらせてしまう。まあ、この手の「オルグ」にはヘンに議論して丸め込まれる危険を冒すより、「いやだからいやだ!」で拒否したほうが効果的な振る舞いだとは言えますけどね。
 
 『レインツリーの国』という本を作中人物の恋人が読んで感動したという件がある。後書きにも明記されているが、同タイトルの本を作者が執筆し「コラボレーション」させている。好意的に解釈すれば楽屋落ちか読者サービス、悪意に取れば作者のナルシシズム。そこまで悪意に取る必要もないか。
 あとは例の「一刀両断レビュー」の件か。國學院大学准教授須永和之氏にBlogで批判されたのを受け、この『図書館内乱』で、図書館サイトのコンテンツで批判的なレビューをする人物に「砂川一騎」という須永氏をもじった名前を当て、さらには主人公に罠をはめる役回りを演じさせる。

 その件についてもう少し詳しく知りたくて、豊島区立中央図書館に行って特集記事が載っている2006年12月号の「図書館雑誌」を閲覧、当該箇所をコピー(禁帯出なので)。一緒に有川氏のロングインタビューが載っている『ず・ぼん13』(ポット出版)を借りてきた。
 
ず・ぼん?図書館とメディアの本 (13)ず・ぼん?図書館とメディアの本 (13)
(2007/11/10)
ず・ぼん編集委員会

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「図書館雑誌」というのは名前の通り、完全な業界誌。図書館業界には業界誌がいくつもあるらしい。一方『ず・ぼん』は一般読者も意識した誌面作りになっている。
 特集記事は「『図書館戦争』刊行をどうみるか」というタイトルで、渦中の人物、須永和之氏が書いた批判記事ともう一本、灘中灘高の学校図書館の司書(司書教諭?)の方が書いた「『図書館戦争』『図書館内乱』よもやま話」。こちらは好意的である。

 で、当の須永氏の「ちょっと待った!『図書館戦争』『図書館内乱』」。読んだところ、わたし的にはあまり納得も共感もできなかった。設定の矛盾点も指摘されているが、大筋では「図書館員が武装すること」への嫌悪感に力点が置かれているから。筆致も高飛車で、無用の反撥を買いかねない。でもまあ大前提として「こんな意見があると表明すること」自体はいいんじゃないですか、とは思う。たとえば刑事ドラマを見た現職警官が「現実の警察はこうじゃないよ」というような。
 しかしそれに対する有川氏や版元の反応は過剰にも思える。『ず・ぼん』のインタビューで、「法的措置も考えた」といったり、「怖い話」と前置きして須永氏のプライバシーを持ち出したり「図書館界と私の交流は、ある意味このお方一人のお陰でずっと阻まれてきたんです(P160)」と発言するのは、率直に言って首をかしげてしまう。
 かつて、ある文芸雑誌の編集者が他社から出た雑誌に書いた記事で、あるとっても偉い作家をぼろくそにけなしたら、当の偉い作家が版元の社長に「自分を批判するような編集者がいるような出版社とはつきあえない。おたくとは絶縁します」と怒りの手紙を書いてきたという話がありまして、それを彷彿とさせます。
 勤務先などをWebに載せていることを指摘して「公職に就いておられる方としてはちょっと迂闊でしたね(P160)」というが、須永氏は公職に就いているから、専門範囲の記述がある『図書館戦争』を俎上に挙げたんじゃないのかな。これが、関係ない職業のひとが趣味でやってるBlogの記述だったら話は別。個人的な諍い事を勤め先にたれ込まれたら堪ったものではない。逆も然り(笑)。須永氏のそもそもの記述には迂闊な部分もあるとは思いますが。
 読んでみるとどうも、有川氏らは須永氏のBlogが図書館協会のサイトからリンクを張られていたことを問題視したようだ。リンク先のどこまでがリンク元サイトの文責か、というのはWWWの最初期からある問題なので、ここでは言及しないが、しかしそこまで「過剰反応」したのは、須永氏の文章が醸し出す、ある「雰囲気」にあるかもしれない。結びの一文は、こうだ。

 実際の図書館とかけ離れたものと割り切って、エンターテイメントとして十分に楽しめるが、憲法改正が論議され、教育基本法の改正が国会で審議される今日、「図書館の自由」のために戦闘を合法化する小説は不気味すぎる。

 たとえば、こんな文句を思い浮かべないだろうか。
「ロボットアニメは戦争を賛美しているからけしからん」「弱者を笑いものにするようなお笑い番組は教育上よろしくない」「テレビゲームばかりやっていると暴力的な子供に育つ」「あの犯人はロリコンマンガを読んでいたせいで事件を起こした」「『ウルトラセブン』の12話は被爆者を差別してる。放送するな!」 
  アニメ、マンガ、ゲーム、娯楽小説などの「サブカルチャー」を楽しみ、思い入れをしてきたひとびと(わたしを含む)は、こんな言葉にうんざりして、怒りを覚えてきたはずだ。『図書館戦争』読者の世代にとって一番「リアル」な「表現の自由の抑圧」の姿。そして、これらの言葉をぶつけて非難し、抗議してきた「勢力」はにしばしば「反戦」「平和」「反大企業」という思想と親和性が高いひとびとが目立った。
 むろん、須永氏がこのような意見を持っているかは定かではないし、単一の団体がこれらの主張にすべて賛同しているわけではない(だろう)。しかし「オレたちの楽しみを邪魔している」という点で「同一」に思えてしまう。それに有川氏は「自衛隊大好き」で知られているから、自衛隊がこの手の人々にどのように扱われてきたかとダブっても不思議ではない。
 しかしそれは本来、「図書館の自由に関する宣言」が想定していた事態ではない(肯定否定はとりあえず、横に置いて)。そう非難してくる個人や団体はしばしば「国家権力や商業主義マスメディアの暴虐と戦っている」というスタンスを取っている。あくまで「批判」『糾弾」。
 だから須永氏の「また,検閲という言葉を安易に意味を履き違えて使っていることに違和感を感じています」という言は、その限りにおいて正しいところをついている。本シリーズで描かれている「検閲」は、もともとの「図書館の自由に関する宣言」で言及されている「検閲」とは、別のものだ。「検閲」を本作では「不当な検閲」と改変したのはそこまで踏まえてのものだろうか。

 この作品を図書館協会が評価するのって「同床異夢」のような気がしてならない。まあ、同床異夢を見て悪いという法はないんだけど、認識はしておかないとまずいことも出てくるのではないかと思わないでもない。取り越し苦労でしょうか。

 残りの『図書館危機』『図書館革命』も今週中には読もうと思います。外伝は……どうしようか。

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