2008/08/05 (Tue) 19:43
ワンフェスエスカレータ事故続報

 事故の起こったエスカレータにオタキング岡田斗司夫氏が乗り合わせていたとかで、当時の証言をBlogに載せている
証言;ビッグサイトのエスカレーター事故について(訂正と追記あり)
 しかし当日の時点で「完全に機械が原因」と断言してしまったオタキング氏は、やや先走りすぎだったのでは。報道によれば問題は「走った」ことではなく定員オーバーにあるようだから。となるとイベントを主催した側の責任も出てくるわけだが……。

 報道やそれに対する反応を読んでいて気になってるのが「1段に3〜4人乗っていた」という部分が一人歩きしているように思える点。報道では必ずこの点に触れるし、岡田氏や他の目撃者は「そんなに乗っていない。事故発生後の映像で判断するな」というのだが、ニュース映像を見ると、事故の起こっていない下りのエスカレータにも1段3〜4人乗っている箇所があるように見えます(あくまで「発生後」の映像ですが)。
 報道によると件のエスカレータは全部で84段、限界値は9.36トンとのこと。全体の3/4まで乗っていたとして、1段あたりの荷重は約149キロ。仮にふたりずつ乗っていたとして、成人の平均よりは重くなるでしょうが、あり得ない数字ではない。想定限界以前の荷重でアウトになってしまった可能性もあり得るだろうが。

 問題は報道や岡田氏の言ってることがどうこう、とかじゃなくて、今の段階で「○○が原因」「××に責任はない」と断言してしまうのは、あまりに拙速である、ということです。

 まあわたしも、エスカレータの安全基準が周知されていなかったんじゃないかとか、基準そのものが甘かったんじゃないのかとか、そもそも、多数の客を捌くことが想定されるイベント会場に、あんな長いエスカレータを設置した設計コンセプトの問題もあるんじゃないか、とか思ってしまいますが。

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2008/07/04 (Fri) 07:10
落書きと若気の至りと

 ちょっと気分を変えて、今話題の「イタリアの世界遺産に落書き」事件について思ったことを書いてみたい。フィレンツェの世界遺産である大聖堂に日本人の落書きが残されていた問題、最初は学生だったのだが、何と高校野球の監督まで行っていたのがばれてしまい、解任される羽目になってしまった。それに対して当のイタリアでは日本社会の厳しい反応に驚いているるようだ。



<落書き>伊紙「あり得ない」 日本の厳罰処分に
7月1日22時12分配信 毎日新聞


 【ローマ藤原章生】「教員、大聖堂に落書きで解任の危機」−−。イタリア・フィレンツェの大聖堂に落書きをした日本人が、日本国内で停学や務めていた野球部監督の解任など厳しい処分を受けていることに対し、イタリアでは「わが国ではあり得ない厳罰」との驚きが広がっている。

 イタリアの新聞各紙は1日、1面でカラー写真などを使い一斉に報道。メッサジェロ紙は「集団責任を重んじる日本社会の『げんこつ』はあまりに硬く、若い学生も容赦しなかった」と報じる。

 フィレンツェに限らず、イタリアでは古代遺跡はスプレーにまみれ、アルプスの山々には石を組んだ文字があふれる。その大半がイタリア人によるものだ。同紙は「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」と、日本人の措置の厳しさに疑問を投げ掛けた。コリエレ・デラ・セラ紙も「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」と論評した。

 一方でレプブリカ紙によると、大聖堂の技術責任者、ビアンキーニ氏は「日本の出来事は、落書きが合法と思っているイタリア人にはいい教訓だ」と語った。
(毎日新聞)


同じ話題を読売新聞ではこう記事にしている。



フィレンツェの大聖堂落書き、日本側処分に修繕責任者「満足」


 【ローマ=松浦一樹】イタリア中部フィレンツェの世界遺産登録地区にある「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」への落書きで、日本の大学生が停学処分を受けたり、高校野球部監督が解任されたりした問題で、大聖堂の修繕責任者パオロ・ビアンキーニ氏は2日、本紙の取材に対し、「厳しい処分に満足している」と語った。

 ビアンキーニ氏は、落書きされた大聖堂の壁面の修復はおおむね可能としながらも、材質が大理石の部分は筆記用具の先でえぐられていることもあり、「修復は難しい」と語った。

 イタリアでは、水戸市の私立常磐大高校野球部の監督解任が伝えられたのを機にメディアが一斉に落書き問題を報じているが、一連の処分については「我々にはまねできない厳しさ」(1日付レプブリカ紙)といった論調が目立つ。

 ビアンキーニ氏は、「処分の厳しさは日本人の『良識』に由来する。今回のことがきっかけで、文化財を大切にしようという意識がほかにも伝わるといいのだが」と話す。

 同氏の元には今年3月、落書きをした岐阜市立女子短大の学生から謝罪する手紙が届いており、その後、「日本人として恥ずかしい」などとした電子メールも10通送られてきたという。

 ローマ法王にあてられたイタリア語の謝罪もあり、「心を打たれた」と語る。

 大聖堂の落書きの消去作業は年1回が通例。落書きした当人が消去作業を行うという案については、「修復は特殊技能が必要とされるので、お断りしたい」と述べた。
(読売新聞より)



 読売は日頃から「救急車の濫用」「図書館の本の切り取り」のような公共モラルを問う記事が多い印象がある。

 日本でも、昔からこの手の不始末に不寛容だったわけではない。というより、おそらくはつい最近になってからの風潮である。

 ある鉄道ライターのビッグネームが、自伝にこんなことを書いていた。
 彼は京大生時代、列車からサボ(行先票)をくすねて収集するという悪事に手を染めていたという。最初は面白半分だったが、いつしか常習になって手口も大胆になり、ついにばれる日が来る。友人たちと旅行に行くとき、出発地の京都駅で、駅員に現場で取り押さえられてしまった。
 観念して学生証を出したら「なんだ京大の学生さんか。後日出頭すればええよ」と放免されて、彼はそのまま旅行に出発した。帰京してからも結局逮捕されることもなく、大学などのお咎めもなしで決着したようだ(有力者に頼んで警察に手回ししてもらったことが仄めかされている)。集めていたサボは「『出来心で』と言ったのに、あとで家宅捜索されて発見されたら大変」とボートで琵琶湖に漕ぎ出し、捨てたらしい。

 今だったら報道されても不思議ではない(本人もそれを心配した節があり、「異例の寛大な措置」「学生証と長距離切符を持っていたのが信用された理由ではないか」のようなことをいっている)。
 当時は盗品を転売したりする「悪質なマニア」という存在が知られていず、一過性の悪ふざけ程度と思われた節がある。
 しかしそれよりも重要なのは、大学生、特に東大京大といった「最高学府」は今では考えられないぐらいのエリートだったことだろう。「学生さん」というだけで社会的信用も高い。おまけに、京都の地において、京大生はある種「特権的な地位」にあったらしい。今でもその名残はあるようで、『太陽の塔』などの森見登美彦の諸作を読んでも多少は伺える。
太陽の塔 (新潮文庫)太陽の塔 (新潮文庫)
(2006/05)
森見 登美彦

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 この著者は卒業後新聞記者になり、独立して鉄道ライターのパイオニアになった。仮にこの事件で退学にでもなっていたら、こんな道行きは望めなかっただろう。 本人にしてみれば「若き日の過ちの告白」ということでしたためたのだろうが、読者には不興を買うものもいた(こちら参照)が、でもこれで、公の場で謝罪する羽目になったわけでも、仕事を干されたわけでもないようだ。

 一時の過ちで前途ある青年の将来を狂わせるのは忍びない。反省しているのなら寛大に許してやれ、という認識が当時はあったようである。いい例が、学生運動に関わったもの達。デモや破壊行動で逮捕されたことがあっても学者や医者になったり、あるいは「転向」して現在社会の要職についているものも多い。冒頭部に引いた読売新聞の社長兼主筆氏も、そうだ(60年代までの話だが)。

 どうも「昔のほうが公共モラルが高かった」と思いがちだったが、調べてみるとそうとも言えないようだ。
 かつての「バンカラ」学生の武勇伝には、今ではとうてい許容されないようなものもある。
 たとえば「猫鍋」。ちょっと前Webで流行ったやつではない。野良猫(気に入らないやつの飼い猫の場合もある)をほんとに鍋にして食ってしまうのだ。「犬鍋」もある。今の中学生がやったら、下手したら児童相談所行きだ。
 ほかにも畑から大根やスイカを盗んで食ったとか、本は万引きするものでおれは本屋を2軒潰してるとか、どこまでほんとか法螺かは分からないが、21世紀にBlogやmixiで書いたらたちまちのうちに「炎上」「祭り」になるものばかりだ。明治大正、戦前ではなく、一部では昭和40年代までこの手の「蛮習」はあったようだ(断言はしないが)。
 しつけや公共モラルの今昔比較については、こんな本もある。
日本人のしつけは衰退したか―「教育する家族」のゆくえ (講談社現代新書 (1448))日本人のしつけは衰退したか―「教育する家族」のゆくえ (講談社現代新書 (1448))
(1999/04)
広田 照幸

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 今回の犯人に「許してやって」とか「寛大な処分を」と要望する気はない。何の縁もゆかりもないし、時代とともに価値観が変わって当然という考えは肯定する。
 かつては「些細」とされてきた不祥事が大問題になり、「世間」から総攻撃を浴びる。はみ出た不品行に厳しい目を向ける「世間」というのは逆に「強化」されているらしい。むしろ、この種の突出した事例に対して厳しく当たることで、「世間」のメカニズムがうまく働いていることを再確認している、というべきか。当事者にとってはそれだけきつい目に遭うようだが。
 どうやら「若気の至り」「出来心」という言葉は、死語になりつつあるようだ。

追記:落書きは日本の伝統

2008/06/17 (Tue) 23:13
宮崎勤に死刑執行

連続幼女誘拐殺人 宮崎死刑囚の死刑執行 他の2死刑囚も

 法務省は17日、88〜89年に東京都と埼玉県で起きた連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚(45)=東京拘置所収容=ら3人の死刑を執行したと発表した。死刑執行は4月10日以来。鳩山邦夫法相の下での執行は4回目、計13人に上り、93年3月の執行再開以降の法相では最も多い執行数となった。
毎日新聞より)


このニュースを聞いて思ったのは、永山則夫の処刑はその直前に起きた酒鬼薔薇事件のリアクション、という説だった。 秋葉原事件のリアクションで「元祖オタク犯罪者」が処刑された……わけじゃねえだろな。
まあ、法律で定められたことを実施しただけだ、と言われればそれまでですが。 「確定後半年以内に執行しなければならない」という規定が(空文化しているとはいえ)あるだけに。

判決が最高裁で確定したのがライブドア事件のさなかだったので、一部で陰謀論めいて語られたこともありました。

(今月に入って、ひとが死んだのなんだのってことばっかり書いてるな。今度はもう少し明るいことを書こう)

2008/06/17 (Tue) 02:01
鉄道博物館学芸員岸由一郎氏、死去

岩手・宮城内陸地震で土石流に飲まれて倒壊した「駒ノ湯温泉」に当日宿泊していて犠牲になった者のひとり、岸由一郎さんは、鉄道博物館の学芸員だった。若手の鉄道研究者として、将来を嘱望されていた方らしい。


鉄道愛し、地域に尽くした 駒の湯温泉宿泊者

 駒の湯温泉に宿泊していて15日に死亡が確認されたのは、観光コンサルタント麦屋弥生さん(48)=東京都葛飾区=と、鉄道博物館学芸員岸由一郎さん(35)=同北区。いずれも栗原市で13日に開かれた「くりはら田園鉄道」(廃線)を保存活用する検討委員会に参加していた。2人は14日に近くの湿原を市職員と一緒に調査するという話になり、13日は駒の湯温泉に宿泊していたという。

 麦屋さんは日本交通公社をへて、地域づくりのプランナーとして活躍。草津温泉など観光地の再生に携わり、国土交通省の地域振興アドバイザーもしていた。栗原市との縁では、06年10月から観光アドバイザーを務め、月に1回ほどは同市を訪れていた。

(中略)

 さいたま市の鉄道博物館に勤める岸さんは、13日午前に新幹線で栗原市に向かった。当初は日帰りの計画だったが、翌日の湿原調査に同行するために予定を変更したとみられる。

 岸さんは東京学芸大学を卒業。07年10月に開館した鉄道博物館では開設準備から携わった。昨年は鉄道を扱ったバラエティー番組に解説役として出演。全国各地に出向いて車両清掃のボランティアなどもしていた。

 「全国トロッコ列車」を岸さんと共同執筆した鉄道愛好家の笹田昌宏さん(36)=米国在住=は「小さいころから鉄道好きで学芸員にまでなった、我々愛好家の師匠みたいな人」と語る。役割を終えた地方の鉄道の車両や資料を後世に残そうと力を注いでいたという。「彼のために救われた車両も多い。やりたいこともまだまだ残っていただろうに」と声を詰まらせた。
(後略)

asahi.comより



このところ週末になると、オタクにとって凶報ばかり入る。なんともやりきれない。
今回の地震で落命されたすべての方に謹んで哀悼の意を表します。

参考URL:
追悼・駒ノ湯温泉。この温泉に泊まったルポの引用、紹介が載っています。
ソウルに通いながら、こう考えたより)
期待されていたある若手の鉄道研究者のこと
とれいん工房の汽車旅12ヶ月より)

2008/06/08 (Sun) 22:47
秋葉原で通り魔殺人

7年前のこの日、大阪で付属池田小学校の事件が起きた。その記憶もまだ生々しいものがあるのに、よりによって秋葉原でこんな事件が起きてしまうとは。



白昼の秋葉原で25歳男が凶行、18人に切りつけ7人死亡

8日午後0時35分ごろ、東京・秋葉原(千代田区外神田1)の交差点で、西側から走ってきたトラックが歩行者天国の人込みに突っ込み、通行人数人をはねた後、停車した。運転していた男はトラックから降りて、奇声を上げながらサバイバルナイフで通行人を次々と襲った。警視庁などによると、男性15人と女性3人の18人が病院に搬送されたが、このうち男性6人、女性1人の計7人が死亡した。男は南西方向に逃走したが、約100メートル離れたところで、駆け付けた同庁万世橋署員らに取り押さえられ、殺人未遂の現行犯で逮捕された。

 男は「人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」と供述しており、同庁捜査1課では、無差別に通行人らを狙った通り魔事件とみて特捜本部を設置して捜査している。

 発表によると、逮捕されたのは、静岡県裾野市富沢、職業不詳加藤智大容疑者(25)。搬送先の病院などによると、8日午後6時半現在で死亡が確認されたのは、女性の武藤舞さん(21)と、19歳、20歳、29歳、33歳、47歳、74歳の男性6人。負傷者の1人は、同署交通課の警察官(53)という。東京消防庁によると、けが人の約半数は背後から刺されていた。

 警視庁幹部によると、加藤容疑者は、神田明神通りをレンタカーの2トントラックでジグザグに走行しながら、通行人をはね飛ばしたという。

 加藤容疑者は「生活に疲れてやった。世の中が嫌になった」などと供述しており、8日に静岡からレンタカーで来たという。

(2008年6月8日19時10分 読売新聞



昼下がり、「今日は午後からアキバでも行ってみようか」と思っていた矢先のこと。mixiで知人が「今アキバにいるんだけど、歩行者天国が封鎖されて、ヘリとかもやってきてるみたい。何があったの?」というような書き込みをしてました。TVをつけると、見慣れた場所が凄惨な事件の現場になっていました。
その方は幸いにも事件に遭遇することはなかったよう。ご無事で何よりでした。
亡くなられた方には謹んで哀悼の意を表します。負傷された方々は一日も早いご回復をお祈りします。

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