ちょっと気分を変えて、今話題の「イタリアの世界遺産に落書き」事件について思ったことを書いてみたい。フィレンツェの世界遺産である大聖堂に日本人の落書きが残されていた問題、最初は学生だったのだが、何と高校野球の監督まで行っていたのがばれてしまい、解任される羽目になってしまった。それに対して当のイタリアでは日本社会の厳しい反応に驚いているるようだ。
<落書き>伊紙「あり得ない」 日本の厳罰処分に7月1日22時12分配信 毎日新聞
【ローマ藤原章生】「教員、大聖堂に落書きで解任の危機」−−。イタリア・フィレンツェの大聖堂に落書きをした日本人が、日本国内で停学や務めていた野球部監督の解任など厳しい処分を受けていることに対し、イタリアでは「わが国ではあり得ない厳罰」との驚きが広がっている。
イタリアの新聞各紙は1日、1面でカラー写真などを使い一斉に報道。メッサジェロ紙は「集団責任を重んじる日本社会の『げんこつ』はあまりに硬く、若い学生も容赦しなかった」と報じる。
フィレンツェに限らず、イタリアでは古代遺跡はスプレーにまみれ、アルプスの山々には石を組んだ文字があふれる。その大半がイタリア人によるものだ。同紙は「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」と、日本人の措置の厳しさに疑問を投げ掛けた。コリエレ・デラ・セラ紙も「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」と論評した。
一方でレプブリカ紙によると、大聖堂の技術責任者、ビアンキーニ氏は「日本の出来事は、落書きが合法と思っているイタリア人にはいい教訓だ」と語った。
(毎日新聞)
同じ話題を読売新聞ではこう記事にしている。
フィレンツェの大聖堂落書き、日本側処分に修繕責任者「満足」 【ローマ=松浦一樹】イタリア中部フィレンツェの世界遺産登録地区にある「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」への落書きで、日本の大学生が停学処分を受けたり、高校野球部監督が解任されたりした問題で、大聖堂の修繕責任者パオロ・ビアンキーニ氏は2日、本紙の取材に対し、「厳しい処分に満足している」と語った。
ビアンキーニ氏は、落書きされた大聖堂の壁面の修復はおおむね可能としながらも、材質が大理石の部分は筆記用具の先でえぐられていることもあり、「修復は難しい」と語った。
イタリアでは、水戸市の私立常磐大高校野球部の監督解任が伝えられたのを機にメディアが一斉に落書き問題を報じているが、一連の処分については「我々にはまねできない厳しさ」(1日付レプブリカ紙)といった論調が目立つ。
ビアンキーニ氏は、「処分の厳しさは日本人の『良識』に由来する。今回のことがきっかけで、文化財を大切にしようという意識がほかにも伝わるといいのだが」と話す。
同氏の元には今年3月、落書きをした岐阜市立女子短大の学生から謝罪する手紙が届いており、その後、「日本人として恥ずかしい」などとした電子メールも10通送られてきたという。
ローマ法王にあてられたイタリア語の謝罪もあり、「心を打たれた」と語る。
大聖堂の落書きの消去作業は年1回が通例。落書きした当人が消去作業を行うという案については、「修復は特殊技能が必要とされるので、お断りしたい」と述べた。
(読売新聞より)
読売は日頃から「救急車の濫用」「図書館の本の切り取り」のような公共モラルを問う記事が多い印象がある。
日本でも、昔からこの手の不始末に不寛容だったわけではない。というより、おそらくはつい最近になってからの風潮である。
ある鉄道ライターのビッグネームが、自伝にこんなことを書いていた。
彼は京大生時代、列車からサボ(行先票)をくすねて収集するという悪事に手を染めていたという。最初は面白半分だったが、いつしか常習になって手口も大胆になり、ついにばれる日が来る。友人たちと旅行に行くとき、出発地の京都駅で、駅員に現場で取り押さえられてしまった。
観念して学生証を出したら「なんだ京大の学生さんか。後日出頭すればええよ」と放免されて、彼はそのまま旅行に出発した。帰京してからも結局逮捕されることもなく、大学などのお咎めもなしで決着したようだ(有力者に頼んで警察に手回ししてもらったことが仄めかされている)。集めていたサボは「『出来心で』と言ったのに、あとで家宅捜索されて発見されたら大変」とボートで琵琶湖に漕ぎ出し、捨てたらしい。
今だったら報道されても不思議ではない(本人もそれを心配した節があり、「異例の寛大な措置」「学生証と長距離切符を持っていたのが信用された理由ではないか」のようなことをいっている)。
当時は盗品を転売したりする「悪質なマニア」という存在が知られていず、一過性の悪ふざけ程度と思われた節がある。
しかしそれよりも重要なのは、大学生、特に東大京大といった「最高学府」は今では考えられないぐらいのエリートだったことだろう。「学生さん」というだけで社会的信用も高い。おまけに、京都の地において、京大生はある種「特権的な地位」にあったらしい。今でもその名残はあるようで、『太陽の塔』などの森見登美彦の諸作を読んでも多少は伺える。
この著者は卒業後新聞記者になり、独立して鉄道ライターのパイオニアになった。仮にこの事件で退学にでもなっていたら、こんな道行きは望めなかっただろう。 本人にしてみれば「若き日の過ちの告白」ということでしたためたのだろうが、読者には不興を買うものもいた(
こちら参照)が、でもこれで、公の場で謝罪する羽目になったわけでも、仕事を干されたわけでもないようだ。
一時の過ちで前途ある青年の将来を狂わせるのは忍びない。反省しているのなら寛大に許してやれ、という認識が当時はあったようである。いい例が、学生運動に関わったもの達。デモや破壊行動で逮捕されたことがあっても学者や医者になったり、あるいは「転向」して現在社会の要職についているものも多い。冒頭部に引いた読売新聞の社長兼主筆氏も、そうだ(60年代までの話だが)。
どうも「昔のほうが公共モラルが高かった」と思いがちだったが、調べてみるとそうとも言えないようだ。
かつての「バンカラ」学生の武勇伝には、今ではとうてい許容されないようなものもある。
たとえば「猫鍋」。ちょっと前Webで流行ったやつではない。野良猫(気に入らないやつの飼い猫の場合もある)をほんとに鍋にして食ってしまうのだ。「犬鍋」もある。今の中学生がやったら、下手したら児童相談所行きだ。
ほかにも畑から大根やスイカを盗んで食ったとか、本は万引きするものでおれは本屋を2軒潰してるとか、どこまでほんとか法螺かは分からないが、21世紀にBlogやmixiで書いたらたちまちのうちに「炎上」「祭り」になるものばかりだ。明治大正、戦前ではなく、一部では昭和40年代までこの手の「蛮習」はあったようだ(断言はしないが)。
しつけや公共モラルの今昔比較については、こんな本もある。
今回の犯人に「許してやって」とか「寛大な処分を」と要望する気はない。何の縁もゆかりもないし、時代とともに価値観が変わって当然という考えは肯定する。
かつては「些細」とされてきた不祥事が大問題になり、「世間」から総攻撃を浴びる。はみ出た不品行に厳しい目を向ける「世間」というのは逆に「強化」されているらしい。むしろ、この種の突出した事例に対して厳しく当たることで、「世間」のメカニズムがうまく働いていることを再確認している、というべきか。当事者にとってはそれだけきつい目に遭うようだが。
どうやら「若気の至り」「出来心」という言葉は、死語になりつつあるようだ。
追記:
落書きは日本の伝統