2日目。
前の晩はカプセル内で首相辞任のTVニュースを見つつ、食事に行こうかどうか思いあぐねているうちに、眠ってしまい、4時前に目が醒める。
5時に宿を出て、下関駅へ。今日はまず山陰本線で長門市へ行くのだが、下関〜幡生間は昨日乗ってしまったので、その区間だけ別に切符を買う。
始発の525小串行きで出発。
この区間は92年、九州行きのついでに青春18きっぷで乗った区間である。
【ムーンライト九州】を下関で降りて山陰本線に乗り換え、長門市で出っ張った仙崎まで往復し、江津まで行って三江線〜芸備線と乗り継ぎ、広島で【なは】のレガートシートに乗ったのだった。
2両編成で車掌もふたり乗っていたが、乗客は数人。小串にたどり着く頃にはわたしひとりになってしまった。どうやら折り返して下関行きにするための送り込み列車らしい。
小串。下関からは1時間近くかかったが、平成の大合併で、ここいらへんも下関市になってしまったようだ。
長門市行きに乗り換え。時折日本海が見える。
長門市で降り、美祢線に乗り換え。
キヨスクでは売り子の女性に女子高生が、なにやらクラスの人間関係のトラブルについて相談している。並ぶ新聞はどれも「首相辞任」の大見出し。地元紙の山口新聞を買う。
山口新聞を読んでいると、不審なことに気がついた。この新聞、社説がないじゃん。それとも今日だけ特別なのか。
行商の荷物が置いてあって、ホームや車内が魚臭い。
仙崎からやって来た1両きりのディーゼルカーはキハ120系。ローカル線は必ずこの車輌だった。
トイレにはいって鍵を閉めると、泡がブクブクブク〜と周囲から湧きだしてきてちょっとびっくり。あまつさえ個室内にはボタンを押すと流水の音が流れる「音姫」も装備されている。でも、走行中は要らないと思うんだが。
長門市でもう一両連結する。
行商人のお婆さんがその荷物を積み込みはじめた。皆腰が曲がっている。東京じゃ腰の曲がった年寄りなんてそうそう見かけないのになあ。
美祢線はもともと、石灰岩の産地と臨海部のセメント工場を結ぶ路線である。
県庁所在地を通る山口線が地方交通線なのに、こちらが幹線なのは、当時は貨物輸送の需要が多かったからだが、現在では貨物は廃止されている。宇部セメントは産地から宇部港にいたる長い私道を建設し、そこに公道では規格外になるような大型トラックをバンバン走らせて輸送しているそうだ。
南大嶺駅に近づくと、堤防のような土盛りが寄り添ってきた。かつてあった大嶺までの支線の跡だろう。
終点は厚狭駅。駅前に「三年寝太郎」の像が建っている。ここから山陽本線。
新山口で乗り換え、徳山まで山陽本線。
徳山のキヨスクで「総理大臣HISTORY」という土産菓子が売っているのを見た。包装紙に山口県出身の総理大臣8人のイラストが描いてあって、一番大きいのは、もちろん昨日辞めたあのひとだ。しばらくすると
そのキヨスクにTVの取材がやってきた。ほかに「晋ちゃんまんじゅう」とかいうのもあるようだ。
岩徳線ホームはすでに入線済み。一両きりのディーゼルカーだが、美祢線のキハ120より大きく、古い。
岩徳線は名前の通り、岩国と徳山を結ぶローカル線である。山陽本線より山側を通っている。
山陽本線を短絡する線として開通したという経緯がある。しかし海沿いの旧線の方が勾配がゆるいということで、複線化してふたたび山陽本線とし、この区間はローカル線に格下げされてしまった。現在でも山陽本線の岩国以西は岩徳線経由の経路で計算することになっており、「在来線の線路増設」扱いの新幹線も例外ではない。
次の櫛ヶ浜までは山陽本線。岩国まで1時間15分。ドラマティックな車窓が見られるわけでもない、淡々とした路線である。
岩国から再び山陽本線に乗り換え、広島。ここで多少時間があったので、駅構内のマクドナルドで月見バーガーセットを食べ、売店で鯖寿司のパックを買う。
下手したら今日は、これっきり飯にありつけないかもしれない。三次での乗り換え時間が少ないし、他の駅ではそもそも店があるかどうか。終点の江津につくのは遅い時間なので、店が開いていない可能性がある。田舎の夜の早さは、東京の想像を絶する。コンビニがあるだけ有り難い、ってなもんだ。
まずは芸備線で三次まで。三次は鵜飼いで有名なのだそうだが、なかなか「みよし」とは読めない。
腹一杯になって油断したのか、広島から2駅か3駅のところで思いっきり寝てしまい、気がついたら終点の三次。ホームにそれらしき列車が見あたらないから、一瞬、もう出て行ってしまったのかと思った。これはやばい、と焦りかけると、三江線のホームは後方はるか離れたところにあった。
三江線は名前の通り、三次と島根県の江津を結ぶ路線。水害による一部区間不通から先日復旧したばかり。しかし全線通して4往復しかなく、「いつ廃止になってもおかしくない路線」と呼ばれている。
ここもキハ120系が1両きり。三次では十数人いた客はひとり減り、ふたり減り。浜原が近くなると、とうとう3人だけに。手前の駅でひとり降りたが、代わりにひとり乗ってきた。
1824浜原着。この列車はここ止まりで折り返し三次行きになるが、ホームには高校生がかなりいる。
向かいのホームに1901発の江津行きが入線している。浜原止まりの列車から乗ってきた3人が、そのまま江津行きの乗客になった。次の駅でひとりが降り、ふたりだけに。
駅に止まっても扉を開けるたびに入ってくるのは虫ばかり。石見川本が近づくと、とうとうそのひとりも降り支度をはじめてしまい、どうなるかと思ったが、到着すると入れ替わりに高校生が十数人乗ってきた。ほっとする。
今回の旅ではよく高校生の集団に遭遇した。通学客は超ローカル線の需要の大半を占めているようだ。
皆それほど行儀良くもないが、かといって眉をひそめるような傍若無人ぶりでもない。わいわい喋ったりお菓子を食ったり、携帯をいじったり。
面白いのは、高校生はよそ者のテリトリーを侵さないこと。
がらがらの車内でボックスシートの向かいに鞄を置いて足を投げ出して、4人座席をひとりで占拠しているところに、高校生の集団が乗りこんでくる。
車内は立ち客が出るほどの盛況になり、こちらは鞄を片づけて隅っこで小さくなり、スペースを空けても、そこに学生は絶対に座ってこないのだ。
どこでもそうだった。気楽でいい代わりに、女子高生が隣や向かいに座って……なんてシチュエーションも望めないわけだ。
いろいろ思うことはあるだろうが、こんな超閑散路線は彼ら彼女らがいなくなればひとたまりもないのだ。せいぜい利用して欲しい、とよそ者としては願うしかない。
石見川本では交換で長時間停車する。駅前のパン屋へ行って、スナックとチョコを買ってきた。車内で何とはなしにチョコの包装を見たら、賞味期限が「2007.06」になっていた……orz。
しかしその客も、江津駅にたどり着いたときは、わたしだけになってしまった。
今日は駅の近くにある旅館を予約しておいた。駅周辺にはこの一軒しかないようで、あぶれたりしたら目も当てられない。
電話したとき、名前と連絡先を訊いてから
「何時に入られます?」
「9時過ぎになります」
「ギリギリですなあ」と言われたので、たぶん、食事は出来なかっただろう。
いわゆる駅前旅館で、駅前に宿はここしかないようだ。ちょっと離れたところには温泉街があるので、この近辺に用のある人間もそちらに泊まるのだろうか。
風呂に入ってから食事をするために外出。駅前の店はほとんど灯りを落としている。宿屋へ行く道すがらに見つけた焼肉屋に入ったら「店じまいです」。 他に開いている店はないか、と歩いていったら焼鳥屋がある。しかし飲まないわたしにとっては微妙なところ。他にはスナックは何軒か。酒を飲めないとどうしても選択肢が狭まるな。ラーメン屋かファミレスか、みたいになってしまう。
灯りがついていた一軒の店に入ってみる。おばさんが切り盛りしていた。先客がひとり。
「メニューは?」
「ありませんよー」
「えっと、ご飯ものは?」
「ないです」
壁のボードに「食べて呑んで¥3000。料理は店任せ」とか書いてある。迷っていると、どでかいお好み焼きを焼いてくれた。酒は飲んでないし¥1000ぐらいかな、と思ったらその通りのお勘定。
(この日の初乗車区間 美祢線長門市〜厚狭 岩徳線櫛ヶ浜〜岩国)
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