2008/05/05 (Mon) 18:30
こどもの日に読売新聞コラムがオカルトな件について

5月5日付 編集手帳
 「私は自分が生れたときの光景を見たことがあると言い張っていた」。作家の三島由紀夫は自伝的小説「仮面の告白」の中でこう述べ、産湯の入った盥(たらい)の中の光景を描き出している◆にわかには信じ難い話であるが、出生時、あるいは母親の胎内にいた時の人間の記憶については研究もある。産婦人科医の池川明さんは、約1600組の親子にアンケート調査を実施している◆我が子に胎内記憶が「ある」と回答した保護者は33%にも上った。胎内に入る前に天空から下界を見下ろし「おかあさんのいるところに決めたんだ」と話す子もいたという◆こうした「記憶」の多くは、成長と共に失われるという(池川明「赤ちゃんと話そう!生まれる前からの子育て」学陽書房)。子どもの心の内には、大人にはうかがい知れない混沌(こんとん)とした世界が広がっているのだろう◆かつて「七つ前は神のうち」と言われていた。子は数えの7歳まで人より神に近い存在とされていた。大人たちは畏敬(いけい)の念をもって「神の子」を育て、その日々の成長を大きな喜びとした。「こどもの日」には、そんな先人の知恵にも思いを寄せたい。

2008年5月5日01時52分 読売新聞



「編集手帳」は朝日で言えば「天声人語」。1面の看板コラムである。
う〜む……正直に言えば「産まれる前の記憶」なんてのは「宇宙人に誘拐された」とかいうのと同種のものでは?
「マスメディアがオカルトを取り上げるときは批判的でなければならない」とまでは言わないが、「結論としてはいいことを言っている」からと評価してしまうのは、「水からの伝言」や「ゲーム脳」に対する肯定的な言説と同一。 少なくとも「ウソも方便」とかいうのは間違いだと思うな。

追記:2006年6月の毎日新聞でも取り上げられていたそうだ。
(参考URL:NATROMの日記
「何を信じたってかまわない」というには、医者という立場は問題がありすぎる。現代医学や治療法に合理的でない忌諱感を持たれてしまうのなら、やはり、まずいとしか言いようがない。

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