2008/07/06 (Sun) 22:41
『図書館革命』と『別冊図書館戦争1』と

最終巻です、ついでに『別冊図書館戦争』も同時に取り上げます。
(例によって、ネタバレあります)。
図書館革命図書館革命
(2007/11)
有川 浩

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 冒頭原発を標的にしたテロが発生。似たような小説を書いた作家が槍玉に挙がり、良化委員会に追われる身になる。
 かつて三億円事件が大藪春彦の小説の模倣だといわれたことがあったし、黒澤映画『天国と地獄』は、吉展ちゃん事件はじめその後発生した身代金目的誘拐事件の「元ネタ」とされ、未だに誘拐を題材にしたミステリーの「トラウマ」になっている。
 笠原郁ら関東図書隊は作家を匿う。取引を図ろうとする「未来企画」などとの確執。自分たちは正義ではない、と作中人物はいうが、それにしては相手の「正義」は語られない。

 しだいに追いつめられていく。事態打開のため、マスメディアの大同団結を提案。事態の真相を伝える番組を作成し、放送禁止になっても別の局で続きを放送する「パス回し放送」を行う。良化委員会はいつの間に「即時の放送禁止処分」が出来るほどの権力を持ったのか。さしたる抵抗もなく大同団結するのも都合がよすぎる、と突っ込むべきか。
 全マスコミの大同団結というのも、見方を変えれば「両刃の剣」「劇薬」で、例えば60年安保の時、新聞各社は「暴力を排し議会主義を守れ」という「共同声明」を出し「言論の自由の自殺行為」と言われたこともある。

「自分がいつ押しつける側に回るか分からないから恐いんですね、こういうの。あたし思いこみ激しいから、いつ自分が押しつける側に回るか分からないので恐いです」(P92)
 原作の郁はこんな感慨を漏らす。作者はアニメスタッフを非難すべきだ。

 報道規制に対して憲法判断を求めて裁判闘争をするが、最高裁で法律の有効期間に期限はつくも実質敗訴。下級審では違憲判決が出るが最高裁では「高度の統治行為」で判断放棄、だったら面白かったかも(「長沼ナイキ訴訟」で調べてね)。
 柴崎の案で作家を亡命させることにする。紆余曲折あって(読んでね)結局作家の亡命は成功。米英はじめ他国からの非難、圧力で、将来的な良化法の消滅と、同時に図書隊の消滅することも暗示して終わる。
 一気に読めて読了感も満足。ちりばめられた小技も効いている。どうしてこの巻をアニメにしなかったのだ? それとも、今後のOVAに期待を繋いでいるのか?
 ただ、ストーリーの主眼がメディア戦略と法廷闘争、それにアクションになってしまい「図書館」が背後に回ってしまったのがちょっと物足りない。
 テロそのものは事態のきっかけを作るために設定されただけのようで、作中で第2弾が起こるわけでも元締めが捕まるわけでも、犯行グループが当該小説を参考にしたと表明したわけでもない。

 結局、メディア良化委員会が存在する理由は「利権」としか語られない。良化委員会の側にもカリスマ的なアジテーター、あるいは動機において理解出来る存在がいてもいいような気がする。たとえば、『戦争』で出てきた通り魔殺人の被害者遺族が、メディア良化運動の熱烈な支持者になる、というような。
 そう思っていたら、この巻の後書きにはこうある。
 「まず、良化委員会の言い分が書かれていないことを指摘するご意見を今までにいくつか頂きましたが、これは敢えて書いていません。その理由もここでは触れません」

別冊図書館戦争 1 (1)別冊図書館戦争 1 (1)
(2008/04)
有川 浩

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『別冊図書館戦争1』こちらはカーテンコール的な外伝。『2』以降も出るんだろうな。
 正直言って、「ラブコメ」についてはわたしはよい読者ではないと思うし、そんなところまでとやかく言うのは「批判のための批判」になってしまうので(でも「戦争」「軍隊」をそのダシにして屈託がないのはどうなのかな、とは思わないでもない)。
 その1編で差別用語を一切使わずに「差別表現」を繰り返す作家が出てくる。良化法を挑発する意図で、趣味でやっていると公言する。小説そのものは「毒々しくて好きになれない」。
 そういった行為は批判的に描かれているけど、そりゃそうだわな。

 次のエントリで「総括」になります。シリーズ全部を読み通して思ったこと、図書館との関係、「自由」と「快楽原則」との兼ね合いはどうあるべきか、などなどを、またぐだぐだと語ることになると思います。
 ああ、結局週末を潰してしまった……。

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